*この記事はゴム・プラスチックの技術専門季刊誌「ポリマーTECH」に掲載されました。
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特集1 ゴム金型の最新動向と製造・技術の留意点
ゴム金型の金型汚染と洗浄について
関西ゴム技術研修所 山口幸一
1.はじめに
金型加硫成形工程は、高温、高圧下、金型のキャビティに装着したゴム配合物の流動、配合された加硫系による加硫反応を施し、加硫成形されている。この金型加硫成形工程では、ゴム種、加硫系、充填剤、ゴム配合剤などに関わらず汚れが発生する。また、金型から成形品の型離れ性が悪くなり、金型表面と成形品の表面が汚染される「金型汚染」が発生し、その影響で成形トラブルが発生する。ゴム金型技術の研究では、金型汚染の原因、防止・低減化技術、金型表面処理などの検討がなされている1)。ここでは金型汚染の発生要因、防止・低減化技術と汚染した金型の洗浄についての現状と展望について紹介する。
2.金型汚染について
金型加硫成形では、加硫反応が起こり、それに起因する分解物、ガスの発生、ゴムおよびゴム配合物に起因する成分がゴム表面に移行し、それらが金型表面に吸着や付着、反応するほか、堆積した汚染物が生じる。それが原因で型離れしにくい、成形物への付着、成形品の外観不良、寸法精度不良などの成形トラブルが発生する。このことを金型汚染と言う。堆積物は、硫黄などの加硫剤、亜鉛華、加硫促進剤、老化防止剤などゴム配合剤に起因する場合が多く、金型の曇り現象は可塑剤、軟化剤、ワックス、白色充填剤などに起因する場合が多いことが知られている2)。また、硫黄加硫系では、亜鉛華と硫黄の反応物である硫化亜鉛が主たる汚染要因である。金型汚染では、加硫温度が高くなると激しくなり、温度が170℃から190℃になると汚染の程度は3倍になる2)。射出成形では温度が高く、圧力が高く、射出回数が増えると金型汚染が激しくなる。この金型汚染の発生によって、次のようなことが起こる3)。
・ゴム用金型の汚れ(金型汚染物の付着・吸着・反応・堆積、金型の腐食)
・ゴム加硫物(製品)の不良(汚染物の転写・付着、寸法精度、形状、表面粗度)
・成形トラブルの発生
・ゴム加硫物の金型からの型離れ(離型性)不良
・加硫、成形工程の自動化への障害
・汚染されたゴム用金型の洗浄が不可欠
・ゴム用金型の交換、洗浄などによる加硫、成形工程の時間ロス
・洗浄するために複数のゴム用金型が必要、コスト高
3.金型汚染が発生する要因
金型汚染のメカニズムは、金型表面に汚染の源になる汚染要因物質が金型表面への移行し、反応あるいは付着し、汚染の活性点が生成される。そして、繰り返し加硫を繰り返すことで付着量が増え、そこにゴム配合物が付着、堆積して汚染量が増えることになる。また、この間、付着物がゴム配合物に取り除かれることもあり、汚染の活性点に再び付着が繰り返して汚染物になる。この活性点の生成に寄与するのが発生要因となり、それを促進する因子も発生要因となる。
発生要因として、金型に関わる材料(ゴム、ゴム配合剤など)、金型、金型内の挙動、作業操作、作業環境などから表1に示すような発生要因が現状で考えられる1)。これら発生要因は、加硫成形工程に関与していることがわかる。また、これらの発生要因が単独で発生要因となるだけはなく複合化されて発生要因となる。表1に金型汚染の発生要因を示す。
ゴム材料は、ゴム種ごとに重合系(触媒、乳化剤など)、化学構造、分子量、極性、耐熱性、劣化挙動(崩壊軟化、固化)、機械的強度などが異なり、発生する汚染物や汚染挙動が異なる。また、ゴムの極性が異なるとゴム配合剤との相容性や金型表面との濡れやすさが異なることも汚染に起因している。さらに、汚染が高温時で発生しており、ゴム材料、成形物の機械的強度が問題となるが、この対応にはムーニー粘度の大きいゴムを用いると金型汚染が起こりにくい。
ゴム製品は加硫剤、加硫促進剤、亜鉛華、補強剤など多くのゴム配合剤を配合しており、加硫成形して生み出されている。金型汚染について、ゴム配合剤自体が金型表面に移行して汚染の原因となる、加硫反応などによってゴム配合物から生成したものが原因となる場合がある。(また、)保管時の吸湿、凝集などによって分散不良を起こすことが知られており、吸湿、凝集したゴム配合剤の分散不良が金型汚染の原因となっている。
これら以外にも金型汚染の原因がある。表24)で示すように、離型剤、防着剤、発泡剤、接着剤に関すること、練り生地の保管状態に関すること、金型の構造、表面平滑性、材質、大きさなど金型に関すること、金型の保管に関すること、汚染金型の洗浄に関することなどが金型汚染の原因になっている。また、離型剤は金型からの離型性を改善する目的に使用されているにもかかわらず金型汚染の原因になり、金型に塗布した離型剤が金型に付着し、熱酸化劣化して堆積して汚染物になっていたケースもある。この問題は、セミパーマネントタイプのシリコン系、フッ素樹脂系離型剤を使用することで、離型剤による汚染が解消される。
4.金型汚染の防止・低減化対策
金型汚染の発生挙動・状態(汚染物など)は、ゴム種、加硫系、ゴム配合剤(種類、配合量)、加硫条件(温度、湿度、圧力)、加硫機などによって異るため、汚染防止や低減化方法も異なってくる。一般的に汚染防止や低減化対策として、原因を解明、想定した上で、ゴム材料のグレード変更、ゴム配合剤の選択、配合量の変量、配合設計の変更、離型剤の選択・塗布、金型素材・表面処理の変更、金型の設計、汚染した金型表面の洗浄などで対応している。具体的には、加硫系の変更、金型や設備からは金型表面処理、金型素材の見直し、金型保管時の耐腐食管理、金型洗浄の徹底、などがあるほか、成形加工技術からは加硫温度の変更、適正加硫管理、洗浄方法の見直しなどがある。
汚染を防止や低減化するためには、次のような方法が考えられる1)。
・汚染要因物質が発生しないゴム種、ゴム配合剤を使用する
・汚染要因物質が金型表面に移行するのを制御する
・汚染要因物質の反応、付着、堆積しない金型の使用、金型の表面処理を施す
・練り、離型剤、使用する水、金型、金型の保管、金型の洗浄などの金型汚染要因を取り除くこと
・作業環境、練り生地の保管などを適正にする
これら汚染防止対策と汚染の原因から、具体的な汚染の防止、低減化方法として表31)のように考えられる。これらの防止・低減化方法は、ゴム種、ゴム配合剤に関すること、加硫・成形管理に関すること、防着剤に関すること、離型剤、洗浄の水に関すること、混練りに関すること、金型、その表面処理に関すること、金型の洗浄に関すること、加硫・成形するゴム配合に応じた最適条件を検討し、汚染に対処することが必要である。また、高温時のゴム材料の機械的強度の改善については、ムーニー粘度の大きいものを使用する。
ゴム配合剤の変更、変量、新たなゴム配合剤を配合する方法では物性などが損なう可能性がある。そこで、新たに金型汚染だけを抑制するゴム配合剤を配合することで、物性を損なわず防止・低減化が可能となる。金型汚染のメカニズムから、汚染要因物質の移行を制御すれば防止・低減化できることになるが、このような発生要因だけ効果を有するゴム配合剤、薬剤があれば防止・低減化できるこれらはゴムに少量配合してもゴム物性を損なうことなく、防止・低減化に効果を持つ「金型汚染防止剤」と称する1)。この金型汚染防止剤には、表4に示すようなゴム配合剤、薬剤が(あり1)、配合されると金型汚染を防止、低減化し、耐金型汚染性、離型性が改善される。
5.金型汚染の防止・低減化に有効な金型表面技術
汚染の防止・低減化をするために、ゴム種、ゴム配合剤および配合設計を変更するとゴム加硫物の物性、特性を損なう可能性があり、それを考慮すると金型による方法が最適と考えられる。その方法として、金型の設計、金型素材、金型の表面処理がある。
金型の設計については、鋭角な角度の加工はさけて丸身のある金型、加硫温度が均一になる金型に加え、金型汚染は加硫・成形時にゴム配合物が流動している部分は汚染が起こり難く、金型表面の平滑・清浄化、摩擦係数を小さくする、滑り易くする。これを考慮した設計が必要である
金型素材では、アルミニウム合金に亜鉛を過剰に含有させることで、硫黄加硫ゴムの汚染が低減され、洗浄周期が長くなる1)。
金型表面処理技術として、数多くの処理技術がありゴム金型に施されている(表5)5)。耐金型汚染性、離型性などに優れた金型表面に求められる特性は、汚染物が付着しないあるいはしにくく、表面が疎水性、平滑性、硬さ、摩擦係数、耐食性、硫黄との反応性、耐熱性を考慮する必要ある。金型に表面処理を施した表面特性と汚染の関連などから1)、図1に示す表面を平滑で、疎水化することで耐汚染性になる。汚染が起こりにくい、起こらない金型表面としては、次のことを満足できる表面処理が金型汚染の改善に適していることが明らかにされている1)。
・接触角が大きい(90°以上)、(撥水性になるほど)(意味不明)
・表面がより平滑である
・表面に傷、巣などがない
・表面硬度が硬いほど、摩擦係数が小さく滑り易く耐腐食性、耐久性がある
金型表面処理方法には、いずれも金型汚染に対する長所、短所があるが、その中でも今後とも期待される表面処理方法を次に示した1)。
・セラミックス処理(CrN被覆、ナノコンポジット被覆など)
・イオン注入処理(硬質クロムめっき面への窒素、フッ素イオン注入など)
・フッ素樹脂処理(樹脂被覆、埋め込み処理、ナノコンポジット化など)
・Ni/PTFE無電解複合めっき処理
また、硬質クロムめっき処理は金型汚染には効果がないため、表面のマイクロクラックへのフッ素樹脂の埋め込み処理、マイクロクラックに蓋をする処理およびイオン注入処理を施すことで、防止、低減化が改善されている(表6)7)。
6.汚染した金型の洗浄
ゴム種、加硫系、各種ゴム配合剤などによって汚染物、汚染状態に違いがあるため、早いものでは1日で、タイヤでは3週間で洗浄を行っている。洗浄することで金型表面の汚染物を取り除き、再び金型として使用できる。洗浄方法には、古くからアルカリ洗浄・酸洗浄あるいはブラスト洗浄が洗浄性に優れるため実施されてきた。近年、環境問題からアルカリ洗浄では廃液の処理が必要であることから、ブラスト洗浄、ドライアイスブラスト粒子噴霧洗浄、レーザー洗浄、プラズマ洗浄、ウォータージェット洗浄、超音波洗浄など洗浄方法が実用化されている(図2)8)。
各種洗浄方法はそれぞれ洗浄機構が異なり、洗浄の仕上がり状態も相違がある。品質(汚れ除去性)、洗浄の生産性、金型へのダメージを生じないことを評価すると全てを満足する洗浄方法はなく、それぞれに仕上がり状態に特徴がある8)。ゴム種、加硫系が異なると汚染物が異なるため、最適な洗浄方法を確認して使用することが重要である。実際には洗浄試験を行い、洗浄方法を選定することが必要である。
一般的に洗浄は汚染がかなり進んだ状態で行っているが、途中で中性洗剤によるふき取り洗浄、モールドクリーニングラバーでの洗浄を行うことで、金型を取り出して洗浄する回数が減ることになると考えられる。
7.将来展望
金型汚染の発生、それに基づく型離れ、不良品の発生、汚染された金型の洗浄は、製造コスト高に繋がり、現状の技術では、金型汚染を防止することはできず、低減化のみが図られているだけであるため、洗浄は不可欠である。金型汚染の発生要因は多岐にわたり、ゴム配合技術、金型の表面処理技術、および金型汚染防止剤の配合などの方法があるが、今後はある程度汚染要因物質の使用を抑え、洗浄が不必要な金型の表面処理技術、金型汚染防止剤の配合による技術が期待されている。また、当面は品質、生産性、ダメッジの改良した洗浄技術の高度化が求められる。
参考文献
(1)山口幸一:“ゴム金型技術”、p.173、㈱ポスティコーポレーション、東京 (2014)
(2)山口幸一:“ゴム・エラストマー用金型技術”、P.187、工業調査会㈱、東京 (2004)
(3)山口幸一:関西ゴム技術研修所「金型」テキスト (2014)
(4)山口幸一:“ゴム金型技術Q&A”、p.257、㈱ポスティコーポレーション、東京 (2019)
(5)山口幸一:第197回ゴム技術シンポジウムテキスト、p.65、日本ゴム協会 (2013)
(6)上嶋桂二:日本ゴム協会誌、82, 300 (2009)
(7)山口幸一:“ゴム金型技術Q&A”、p.159、㈱ポスティコーポレーション、東京 (2019)
(8)上嶋桂二:“ゴム金型技術”、p.225、㈱ポスティコーポレーション、東京 (2014)
【著者紹介】
山口幸一
関西ゴム技術研修所名誉所長[/hidepost]