*この記事はゴム・プラスチックの技術専門季刊誌「ポリマーTECH」に掲載されました。
*記事で使用している図・表はPDFで確認できます。
特別寄稿 次世代情報通信5Gのイノベーションと材料技術
次世代情報通信5G市場で起きるイノベーションと材料技術
㈱ケンシュー 倉地育夫
1.はじめに
17世紀に論理学が完成し科学の時代1)となり技術開発が加速して、18世紀半ばには産業革命が起きた。この科学技術の歴史について今更説明する必要はないだろう。20世紀末から21世紀にかけて、その進捗予測よりも市場の変革速度が速くなるような現象まで起きている。その結果、図1に示したように新技術を導入した製品の成長予測が外れたり、過剰な設備投資を招いたりするケースが増えてきた。
また、ジョン・K・ガルブレイス著「不確実性の時代」(1978年)やアルビン・トフラー著「第3の波」(1980年)が前世紀末にベストセラーとなり、新世紀になるとドラッカーの遺作「ネクスト・ソサエティー」(2002年)が発表された。この著書では、知識労働者が活躍する情報化時代において未来予測が困難となる状況を「誰も見たことのない世界が始まる」と表現している。
ところが社会の未来予測の難易度が上がっても、このイノベーションは止まらない。それが、インターネット網の過剰投資を招き、情報通信業界の再編成を引き起こした。ガラケーがいつの間にかスマートフォンに置き換わり、携帯機器メーカーは激しい競争に晒されている。
20世紀までイノベーションを支えてきた材料技術は、従来の方法による研究開発では時間がかかるので、この変革スピードに対応するためには、研究開発から量産に至るこれまでのパラダイムを変えない限り、既存材料をソフトウェアーの工夫で使いこなす情報通信業界の顧客相手ではガラパゴス産業となる恐れがある。
現代のイノベーションの主役であるソフトウェアー業界は、調査企画から製品化まで段階的な手順で取組むステージゲート的開発スタイルでは技術が陳腐化する現実に遭遇し、オブジェクト指向導入による開発効率の向上3)に成功するやいなや、アジャイル開発4)が行われるようになった。このアジャイル開発とは、オブジェクト指向の導入で初めて可能になった技術開発手法である。
ところで、現在のイノベーションの牽引役である情報通信業界を支えるのは、コンピューター(ハードウェアー)とそれを動作させるソフトウェアーであり、AIを中心としたソフトウェアーの技術開発とその応用技術開発が主役である。そして、この変化が従来のハードウェア指向で技術開発してきた材料技術者に、目の前で起きているイノベーションの全容を見えにくくしている。
これは、公開された特許情報に材料技術のイノベーションを示す大きな兆候が現れていないことからも理解できる。なぜなら、東京オリンピック2020開催にあたり、昨年仕様が確定したばかりの5G運用5)6)が始まって周辺市場が活発化してきたにもかかわらず、新素材に関する特許出願が少ないだけでなく新規参入企業も見当たらない。
この数10年間における材料技術の大きなイノベーションには、1980年代に日本で始まり世界に波及したセラミックスフィーバーがある。この時、既存のセラミックスメーカーだけでなくセラミックス市場とは無関係だった多くの企業からセラミックス材料技術の特許出願が怒涛の如く溢れ出していた。
そして、この状況はまたたくまに世界へ伝播すると、慌てた米国クリントン政権による大号令で世界規模のナノテクノロジー開発競争へ発展し、セラミックスのみならず金属材料や高分子材料まで巻き込んで技術開発が行われ今日に至る。
材料開発に要する時間を考えるとゴム・樹脂などの素材産業が5G市場へ参入するには出遅れ感が先立つかもしれないが、材料技術と市場情報が出そろった今のタイミングは開発を始めるチャンスであり、アジャイル開発による市場ニーズのキャッチアップも可能ではないかと過去の材料開発経験から申し上げたい。なぜなら5Gは新しい情報通信時代の幕開けの規格であり、これから「誰も見たことのない市場」が生まれてくるからである。
すでに自動車産業では、日産自動車アリヤのようなCASEコンセプトをほぼ実現した新車発表が行われるようになってきた。
2.セラミックスフィーバーの教訓
セラミックスフィーバーが起きたときに、㈱ブリヂストン(当時ブリヂストンタイヤ㈱)でフェノール樹脂とポリエチルシリケートのポリマーアロイを前駆体とした高純度SiC合成プロセスを武器に半導体分野へ進出する企画を提案した経験がある。この社長方針に従った企画では、無機材質研究所(現在は物質材料研究機構)へ留学して高純度化プロセスの実証を成功させるやいなや、㈱ブ
全文:約7053文字