*この記事はゴム・プラスチックの技術専門季刊誌「ポリマーTECH」に掲載されました。
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シリーズ連載④ シリコーンゴムの活用法
No.1 シリコーンゴムの歴史
戸知技術研究所 戸知光喜
はじめに
シリコーンゴムはその基礎原料であるメチルクロロシランの工業生産が始まってから約80年の歴史を持つ。シリコーンゴムの需要と用途の拡大は力強く継続しており、近年その独特の特性である柔軟性、耐熱性、耐寒性などが更に注目されている。一方、シリコーンゴムの製造、加工、用途展開は各企業、団体の努力により更に洗練され高度な技術が構築されつつある。
シリコーンに関しては、多くの専門書・文献が存在するが、ここでは、シリコーンゴムに興味を持ち、新たに関わる方々を対象としてまとめた。ただ、シリコーンゴムと関わった筆者の個人的見解も含まれることは容赦願いたい。
また、ここで言う “シリコーンゴム”は、HCR(熱架橋型シリコーンゴム)を指している。
1.はじめてのシリコーンゴム
1933年に米国においてシリコーンの工業化研究が始まった。シリコーンの応用開発は、シリコーンレジン、オイル、グリースの実用化などが先行され、電気絶縁グラスファイバー用のレジンがシリコーンの最初の応用である1)。シリコーンゴムは、初期の工業化において最も時間と労力を費やした製品群である。表1はシリコーンゴムの基本構成を示す。
1944年に公開されたシリコーンゴムの初めての特許2)では、ジメチルジクロロシランの加水分解反応後の高沸点直鎖状ポリシロキサンに酸化鉄をフィラーとして加え、 塩化アルミニウムで架橋したものである。特許には、ケイ素原子にメチル基が1.98−2.00個、 望ましくは 1.995−2.000個のジメチルシリコーンが好ましいと記述されている。すなわち、ケイ素原子の4つの結合のうち確実に2つがメチル基で、他の2つの結合が酸素を介して直鎖状につながる事が重要である。不純物として多種の有機ケイ素化合物が異物として存在することが当時より問題であった事を示唆する。すなわちモノメチルトリクロロシランなどの物質の混入が、直鎖状でない分岐状の高分子を合成することになり、シリコーンゴムとして不適切であった。また、同特許に既にシリコーンゴムに使用される高分子のことをガム(Gum)と記述されていることが興味深い。尚、“シリコーン”の命名者であるキッピング(Kipping)が1900年前半に同じくガムと記述している。ガムという言葉はあまり広く使われていないが、最も古い定義としては歯を支える歯肉の部分を指す。またチューイングガムのガムも同じ綴りであるが性状、化学構造は大きく異なるが、シリコーンガムと同じく手で直接触れることができるという共通点はある。シリコーンガムは、高分子直鎖状ポリジオルガノシロキサンの事で架橋することにより高い可塑性の状態から弾性体になる物と定義されている3)。尚、同特許では用いられなかった低沸点シロキサンである環状シロキサンは、後にガムの主要モノマーとして使用されることになるが、この時点では不要な物として取り扱われているのが興味深い。初めての特許が公開された後、急速にシリコーンゴムの特許件数も増え続け、現時点までに数万報に及ぶ特許が世界で公開されている。
シリコーンゴムを開発する上で、初期に課題となった項目として
1)いかにできる限り高分子量の直鎖状のポリシロキサン(ガム)を合成するか?
2)どのような架橋方法を構築するか?
3)ゴムの補強をどのようにするか?
(ガムのみの架橋物ではゴムとして物理強度が弱い)
であった。1940年代にシリコーンの工業化を進めた米国Dow Corning社およびGeneral Electrics社の製品群の中でシリコーンゴムが最も遅れて上市された。つまり、シリコーンゴムの実用的な開発がこれらの課題の克服に最も時間と労苦がかかったものと考える。
はじめてのシリコーンゴムの用途は、1942年、第2次世界大戦時、米国の戦闘機に使用されたスーパーチャージャー(supercharger)用のガスケットおよび探照灯(searchlight)用のガスケットである。バンバリー(Banbury)ミキサーで、ガム、フィラー、添加剤、架橋剤(Benzoyl Peroxide)を混合したラバーコンパウンドを成形したものである。耐熱性を重視した組成で、引張強さ、伸びなどの物性および安定性については現在と比べて大幅に低いものであった4)5)。
2.ケイ素化学の幕開け
ケイ素は最も豊富な元素の一つである。地球全体の構成元素では3番目、地球表面では2番目で酸素に次ぎ26%も存在する。ケイ素の多くは鉱物中に酸素と結合したかたちで存在、すなわちシリカ(SiO2)である。数百万年前より人類が道具として使用していた石器および火打ち石などはシリカを主成分とするものであった。また、最古の人工材料であるガラスはケイ素を多く含むケイ砂とソーダを加熱溶融の後、溶融物を冷却して得られる非晶体である。
シリカを一つの元素としてとらえられていた時代は永く、1789年にはラヴォアジェ(Lavoisier)の発表した“元素表”に、33の元素の一つとしてシリカが記されている。鉱物標本のコレクターでもあるラヴォアジェがシリカをあげていることに不思議はない。同時にシリカが何らかの酸化物であるという認識はその当時すでにあったとされるが、単体としてのケイ素までは行きつかなかった。
金属の単離の歴史としては金、銅、鉄などは、古代に単離され元素として認められている。一方、