住友ゴム工業、東京大学、茨城大学、産業技術総合研究所、科学技術振興機構(JST)は9月5日、欧州X線自由電子レーザーを用いて、世界最高速度890ナノ秒の時間分解能で、タイヤゴム中のカーボン微粒子と高分子(ポリブタジエン)の動きの同時観察に成功したと発表した。
微粒子と高分子の複合材料について、各成分の運動計測を原子サイズの高精度で実現し、両者が接する界面付近の結合状態が異なると両成分の動きも変化することを実証した。
同計測法は、複合材料においても各成分を高速度高精度かつ同時に分子動態計測することができ、特に微粒子を用いた極めて多様な材料系の評価法として非常に有効となる。
東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻の佐々木裕次教授、茨城大学大学院理工学研究科物質科学工学領域の倉持昌弘助教、住友ゴム工業研究開発本部分析センターの岸本浩通センター長らの研究グループは、タイヤゴムをサンプルとし、標識することなく、タイヤゴムに使用するフィラーの一つであるカーボン微粒子と高分子の動く様子を、世界最高速度890ナノ秒(10億分の1秒)の時間分解能で計測することに成功した。
計測には、ドイツのハンブルクにある欧州X線自由電子レーザー(European XFEL)を用いた。
タイヤゴムのような複合材料系では、異種成分間の界面付近における微粒子や高分子の動きを把握することが、タイヤの性能を評価する上で重要となる。今回、同研究グループは、世界で初めて、ナノ秒レベルで原子サイズの高精度の分子運動計測に成功した。これにより、タイヤゴムの性能評価をするため、微粒子と高分子の動きの観察が可能となった。
同計測法の活用によりゴム劣化の早期診断や耐久性を向上させる材料開発などで時間短縮が期待できる。
様々な産業から私たちの日常生活に至るまで幅広く利用しているタイヤゴムには、これまで以上に高い機能性や耐久性が求められる。特に、タイヤのグリップ性能や耐摩耗性能は、分子レベルの構造的特徴や複合材料における微粒子の分散性、母材である高分子(ポリブタジエン)との成分間の相互作用に依存する。そのため、ナノ秒レベルの時間分解能での分子の動きの把握が、構造と機能の関係を理解するための鍵を握っている。
従来の技術では、X線情報が平均化してしまい、微粒子と高分子それぞれの運動特性を抽出した成分間での動きを厳密に比較することができない。そこで、タイヤゴムの個々の成分の動きについて、高精度で高速度かつ同時計測が可能な技術が求められていた。
2018年、佐々木教授らは単色X線を利用した回折X線ブリンキング法(Diffracted X-rayBlinking、DXB)を世界で初めて提案し、生体分子をモデルとして1分子の内部運動を高精度に捉えることに成功した。
DXB法は、生体分子だけでなく、無機・有機の材料が複合的に絡み合い、複雑な動きを示すタイヤゴム系の分子に対しても、原理的に有効となる。
同研究では、タイヤゴムの主要成分であるタイヤゴム内部のカーボンブラック(直径50〜80ナノメートル)と高分子(ポリブタジエン)に着目し、DXB法を用いて、各成分が動く様子とこれらの相互作用の様子を世界最高速度の890ナノ秒の時間分解能で観察した。
ゴム配合状態の異なる2種類の試料を用いてX線回折の時分割測定を行った。
これらの回折像から、カーボンの回折リングと高分子からのX線ハローを確認することができた。
次に、これら回折領域に対して自己相関解析(Auto-Correlation Function、ACF)を実施し、微粒子および高分子構造の動きに関する減衰係数を抽出した。
その結果、世界で初めて、カーボンと高分子間の相互作用に関連したそれぞれの分子の動きの変化を同時に検出することに成功した。この複雑な構成要素から同時計測で得られた減衰係数は、カーボンと高分子で微粒子と高分子構造の動きが大きく異なり、これは各サンプルの分子界面の拘束環境や摩擦条件の違いが原因であることを示している。異種成分間の界面付近では、各成分の動きが異なることを実証した。
タイヤゴムの劣化プロセスの重要な現象の一つは、この計測した異種成分間の界面の変化であると考えられている。今回の高速DXB計測により、材料を構成する分子構造の特異的な運動性と、分子の周りの環境でその運動性が変化することが確認できた。
今後、これらのデータを基に、より合理的で高い耐久性のある材料設計の指針の提供が可能になる。