三菱ケミカルグループは12月11日、デロイト トーマツ グループ(以下「デロイト トーマツ」)およびイスラエルの量子ソフトウェアスタートアップのClassiq Technologies(以下「Classiq」)と連携して、高性能な有機EL材料探索の計算における量子回路を圧縮する実証実験(以下「本実証」)に成功したことを発表した。
本実証を通じて、2つの量子アルゴリズムの実装形態である2種類の量子回路のうち、一方で最大97%、もう一方で最大54%の圧縮を実現した。量子コンピュータでアルゴリズムを実行するには、量子回路という形式で実装する必要があり、回路が長いほど、計算中のエラー発生のリスクが高まる。本実証では、効率的な量子回路設計技術を活用することで、新材料探索時の計算精度向上の可能性が示された。この結果は、化学分野はもとより、本実証で用いた回路圧縮の手法が様々な量子回路に適用できることから、創薬、AI、金融、製造、物流など幅広い分野での量子コンピュータの早期実用化を加速させるものと言える。近年、量子コンピュータの誤り訂正技術が進展し量子コンピュータの信頼性が向上することで、より複雑で長い量子アルゴリズムの実行が可能になると想定されている。そのため、量子回路の圧縮は量子コンピュータの実用化に向けてますます重要な課題となっている。
本実証は、量子分野の技術およびグローバルプレーヤーに関する知見を持つデロイト トーマツが、従来から量子コンピュータの化学分野への活用を見越し研究を行っていた同社の保有する材料探索向けの実データと、量子コンピュータソフトウェアの先端テクノロジーを保有するClassiqの量子回路設計技術を掛け合わせることで、実材料のデータを用いた有望な材料探索の場面での量子回路圧縮が可能かを検証した。
同社は以前より、有機EL材料開発への量子コンピュータ適用を題材に、量子近似最適化アルゴリズム(Quantum Approximate Optimization Algorithm、以下「QAOA」)を用いて新材料における最適解の探索研究を行ってきたが(Intell. Comput. 2023;2:Article 0037)、長い量子回路の操作が必要なため、量子ビットの状態に影響を与えるノイズの影響が蓄積し、実機の計算精度が担保できないことが課題となっていた。そこで、量子回路の圧縮が実現すれば、量子コンピュータの化学分野での実用可能性が高まると考え3社共同による本実証の実施に至った。
また、近年量子コンピュータのエラーを訂正する誤り訂正技術の進展が著しい中、誤り耐性ハードウェアにおいて真価を発揮する量子位相推定アルゴリズム(Quantum Phase Estimation、以下「QPE」)においても実証を行うことで、更なる将来を見越した取り組みを行った。
実施体制は、プロジェクト全体企画・実施をデロイト トーマツ、実証支援をClassiq、データ提供・実証実験の助言を同社が担当した。
同社が有機EL材料探索の計算に利用したQAOAに加えて、誤り耐性ハードウェアにおいて真価を発揮するQPEそれぞれのアルゴリズムについて、Classiqが開発したQmod(Quantum Modeling Language)で記述したモデルを元にClassiq Platformにてより効率的な量子回路を生成した。なお、この量子回路は実機の量子コンピュータでの実行を想定して最適化したもので、実際に実機上で計算を行った。
本実証において、QAOAは三菱ケミカルが従来の技術で生成していた量子回路に比べ、計算精度を維持したまま最大54%の量子アルゴリズム圧縮を実現、QPEにおいては同じく計算精度を維持したまま最大97%の圧縮を実現し、実機の計算精度向上の可能性を示した。これにより、実機上でより高い確率で有望な材料を発見できる可能性が示された。
化学分野では、主に研究者の知見・経験や実験に大きく依存している従来型の研究開発アプローチに代わり、シミュレーション技術やデータセットを用いたAI予測の情報技術(マテリアルズ・インフォマティクス)のアプローチがしばしば用いられるようになった。これらのアプローチは効率的かつ高度な研究開発を可能にし、例えば新規材料開発においては開発に必要な期間とコストの大幅削減が可能となる。一方で、高精度なシミュレーションや、幅広い材料のデータスペースでの探索計算に膨大な計算コストを要することが実用面での課題となっている。そこで、従来のコンピュータと比較して複雑な計算や最適化問題の処理に強みを持つ量子コンピュータの活用が期待されている。