第1回 免震をもっと普及させよう
世界有数の地震国日本で大きく発達した技術の一つに免震がある。度重なる地震災害から人命や財産を守りたいという切実なニーズが、産・学・官の協働による技術開発を進めてきた。なかでもゴムメーカーの努力で高性能な免震ゴムが作れるようになり実現したと言って過言ではない。 免震ゴムはゴムと鋼板の積層構造であり、ゴムの力学的性質を巧みに利用した部材である。ゴムを鋼板と接着、積層することで、ゴムの非圧縮性から非常に大きな鉛直荷重支持性能が生まれ、水平方向には鋼板に邪魔されずにゴムの弾性や変形性能が発揮される。 この積層ゴムの優れた異方性が、免震装置として期待される重い構造物をしっかり支持しながら、地盤の揺れから絶縁するという離れ業を実現している。 積層ゴムは防振ゴムなどで利用されていたが、千トンを超えるような荷重を支え、百%を遙かに超えるせん断変形でも使えるようにするには大きな技術革新が必要であった。ゴムの特徴を活かした製品の代表はタイヤであると思うが、免震ゴムも負けず劣らずの優れものである。
このようにわが国で育った免震技術であるが、その普及にはいろいろな障害がある。その最たるものが建設コストの上昇である。積層ゴムなどの免震装置やダンパー、可撓性(かとうせい)配管が要るだけでなく、免震層の構築や何十センチにもなる地震時移動量を吸収する余地が必要になるためコストが上がる。 「免震は良さそうだが本当に効くのかな、無いよりましと言うには高過ぎるね」と、なかなか採用までいかないということのようだ。
免震同様、日本が育てたエコカー技術はどうか。 不況に喘ぐ自動車メーカーにとって今や稼ぎ頭、予想をはるかに上回るペースで自動車の主流に育ってきている。ガソリン代高騰、税制優遇、「環境配慮も忘れない進歩的人間!」のシンボルになり得たことなどが、同クラスのガソリン車に比較して割高であるにもかかわらず購買意欲を刺激しているのだろう。 ならば、免震だって割高でももっと普及してよいではないか。必ず襲来する大地震に対し、適正なコストでリスクを回避できるならば、安全で安心な暮らしを願う人々にもっと受け入れられておかしくない。 現実はそうなっていないのはなぜか。筆者は、ユーザーが「払えるコストと防げるリスクのバランス」について価値判断するための情報が足りないのではないか、と考えている。 免震では、構造物の振動特性が免震ゴムの力学性能(ばねや減衰)で決まるが、それらは、いろいろな変動やばらつきを免れない。設計面でも構造モデルや地震入力、計算手法などに制約がある。 これら諸々の制約のもとで行わざるを得ない免震設計の、保証できる耐震安全性の限界を、ユーザーが分かる形で提示することが必要である。また、メーカー・設計・施工は“相互の限界”を理解して、“適切な耐震安全性の目標”を決めるべきである。 その免震ゴムは、どういう性能を保証でき、それで建物や橋が、どのような地震に対しどのようにふるまうのか、結果どういうリスクが低減され、どういうメリットが得られるのか、それらがユーザーに受け入れられるコストでできるなら、採用していただけるはずである。
ユーザーの期待との間にコストや性能でギャップがあるならば、免震ゴムメーカーは製造コストの低減、性能のレベルや精度の向上を合目的的に努力しなければならないし、コンサルタントは設計に、ゼネコンも施工に、同様に工夫をしていかなければならない。しかしそれらの努力は確実に免震の普及に結び付く。 結局あたりまえの話、折角の優れた技術も世の中に活かしていくには、まずは供給側が顧客の理解を得るための自助努力を惜しんではならないということ。 以降、数回にわたり、「免震普及を促す自助努力」について考えを述べていきたい。何か一片でも参考にして頂ければ幸いである。
(2010年1月25日掲載)