技術・開発者インタビュー イノアックコーポレーション
配合技術で不可能を可能にするソリューションを提供
ウレタンをはじめとするゴム・プラスチック・複合材をベースとした材料開発とその製品化により、自動車、二輪、住宅・建設関連などから身近な生活用品まで、生活に密着した製品を取り扱うイノアックコーポレーション(愛知県名古屋市、翁豊彦社長)。高機能材料事業本部ゴム・エラストマー事業部・生産技術部長の水島清晴執行役員と、G技術本部・材料技術部の川治信介部長に、同社の技術開発について尋ねた。
いかに配合して製品化するか
──御社の概要を教えてください。
水島 ウレタンをはじめゴム・プラスチック・複合素材という4つの素材を中心に、多彩な製品やサービスを提供しています。事業分野は幅広く、生活用品、輸送機器、電子機器・IT関連、建築・土木関連、医療介護など、ほぼ全ての生活関連産業に進出しています。
自社ブランドも保有しており、自転車用・二輪用タイヤメーカー〈IRCタイヤ〉、ソファーを中心にドイツにルーツを持つインテリアメーカー〈フクラ〉などがあります。
素材メーカーである当社の核は、泡の技術や成形技術、加工技術といった技術力です。化学発泡法や超臨界ガスを用いた様々な発泡法、インジェクション成形や押出成形といった成形技術をキーテクノロジーとして、独自の製品開発を展開しています。
川治 1960年代にタイやインドネシアなど東南アジアに進出したのを機にグローバルに事業を拡大し、現在では、中国・韓国・ベトナムにもウレタンやゴム・エラストマーの生産拠点を構えています。
2018年度のグループ全体の売上は約5421億円となっています。そのうち、多くが海外売上で構成しており、今後も積極的な海外進出を計画しています。
──ゴム・エラストマー事業について。
水島 自動車関連事業と当社の中核事業である、高機能材料事業本部に、ゴム・エラストマー事業部が属しています。当社のゴム・エラストマー事業部は、素材をいかに配合して製品化するかという配合開発をベースに行っています。
開発の拠点は、昨年5月に名古屋市熱田区に新設した研究センターで、配合開発のグローバル拠点という位置づけです。
これまで当社のゴム・エラストマー事業は、岐阜県池田町にあるマザー工場で配合開発を行っていましたが、情報収集や人材確保の利便性を考慮して、新拠点を設立。これにより、製造と一線を画し、開発に専念できるようになりました。新拠点の場所は、当社のゴム事業の発祥の地でもあるので、原点回帰の意味も込められています。
川治 センター内には、ゴムの配合に必要な混練機・ロール・プレス機などを完備するほか、試験評価や分析評価が可能な体制も整えており、配合開発に特化した拠点となっています。名古屋中心部からのアクセスも良く、多くのメーカーの方々が足を運んでくださり、研究開発に不可欠な情報交換が活発に行われるようになりました。
開設から1年を迎え、今後は、試験評価や分析評価の機能をさらに拡充していく予定です。
また、タイヤの技術部門に併設している利点を活かし、タイヤとのコラボレーションや、タイヤの技術者との共同開発も視野に入れています。
──開発に専念するメリットとは。
水島 まず、中長期の将来を見据えた開発が可能になると考えています。
従来は、お客様の困りごとや不具合、過去の問題点への対策を講じることが中心でした。確かに、これも大変重要であり、お客様に評価されてきました。特に、自動車部品などでは、前のモデルでの不具合を次のモデルでは改善するというように、ステップ・バイ・ステップで進んできました。しかし、最近はお客様自体が成熟し、新規の部品が生まれるなどの新陳代謝が起こりにくいのが現状です。今後は、新たな使い方や用途を積極的に創出して提案し、既存製品からの置き換えにつながるような創造力あふれる開発にシフトすることが急務となっており、その体制を今回の研究センターができたことで整えることができました。
──研究開発スタッフに求めることは。
川治 非常に難しいことですが、新たなニーズやシーズを掴み、自分なりのレシピを作ったり、新たな材料を使ってみたりといったチャレンジの場として、この研究センターを活用して欲しいと考えています。
これまでは、明日までにこれをやらないとラインが停まるとか、お客様にいつまでに対策を提示しないといけないなど、決められたレールの上での開発でした。この研究センターでは、研究者自身が中長期を見据えて全てを決定するので、自由であると同時に、責任も重くなります。コーディネートするマネージャーはいますが、自主的に提案する力を発揮しなくてはいけません。
時代の要求に合う開発を
──配合開発について教えてください。
水島 配合技術によって、様々な特性が本当に変わり、様々なソリューションが生まれます。たとえば、住宅の外壁間のシール材が白化しない配合技術、ゴム輪に耐バクテリア性を付与する配合技術、自動車のエンジン部品の耐熱性を高める配合技術など、物性や新たな特性を配合によって発現できるのです。無理だと言われていたことが、配合処方で可能になったりする点が、配合開発の一番の醍醐味です。
発泡の開発も基本は同じですが、もう1つ、膨らむという要素が入るので、難易度が高くなります。固まる、膨らむというバランスが大変重要です。
今後の開発については、未開拓の部分もあり、低臭性や物性の問題など、まだ色々と開発の余地があります。世の中の変化も速いので、環境問題や自動車のEV化など、時代の要求に合致した開発が求められてきます。
──研究者の育成について工夫している点は。
川治 新入社員を先輩社員がサポートする「ブラザーシスター制度」をはじめ、研修制度を充実させています。また、社内の各部門の同世代の研究者を集めた研修会を実施するなど、他の部門との情報交換も密に行うことで、横の繋がりも強化しています。また、研究開発の進捗管理の透明化も図っています。月曜日の朝に1週間の予定を確認し、金曜日にはその週のレビューを行っています。この時に、上司と部下の1対1ではなく全員でレビューするため、他の研究者の研究内容がお互いに分かる、風通しの良い体制になっています。
──技術面で最近のトピックスは。
川治 1つは「エラストマー化」で、ゴムの代替となるTPVの新製品を開発しました。TPV化に伴い成形の自動化も図り、自動で脱型して、アッセンブリーも自動で行う一貫ラインを昨年構築しました。このTPVは、ゴムの性能に近い材質のエラストマーで、樹脂と同じ成形が可能です。効率的で、成形サイクルが短いことが特徴です。変形対策や自動化に向けた検査を導入し、製品化に至りました。変形の問題をクリアするために、形状の設計などをお客様と一緒に行いました。
このほか、発泡品では、ゴムスポンジの厚みを約2倍にし、歩留まりを改善した製品を開発しています。ゴムスポンジは、表皮は製品にならず上下の両端は不要なので、薄いと製造過程でロスが多い上、厚みを出す場合は貼り合わせて使用されていました。そこで、厚みの向上を図ったわけですが、ゴムスポンジの製造では、熱を外から加えると、発泡が同時に進んでどんどん膨らみ、内部に熱が伝わりにくいため、厚ければ厚いほど製造は難しくなります。熱をいかに均一に伝えるかがポイントで、ここに当社の技術力が活かされています。
自動車の軽量化やEV化に向けては、「スーパーエラストマー」を提案し、応用展開を狙っています。これは新しいゴムで、軽量で耐熱性が高く、着色することが可能です。たとえば、ガスケットに応用すれば、退色がなくなり、カラーバリエーションの拡大にも貢献できます。
──開発の基本方針は。
水島 営業担当者がお客様から開発案件を獲得するのが基本です。海外からの依頼もあり、中国からは、電子部品・電子用のパッキン材で、特定の物質が発生しない製品を使いたいというご要望がありました。
また、ひとつの製品を分解した展示会も重視しています。これは、当社の自動車部品事業部が、お客様の車を1台購入して分解し、どんな部品がどのように使われているかを調査する展示会になります。製品を分解して、製品や製品の部材などのトレンドをリサーチし、今後の開発方針の策定に役立てています。
川治 さらに、素材にこだわらず、断熱や吸音、制振など機能ごとに分科会を開催しています。ゴムの研究者はゴムの研究に関しては卓越しておりますが、実はウレタンの性能の方が良かったというケースがありました。このようなロスを防ぐために開発テーマを横展開する必要があり、分科会を開催しているのです。
それに加え、開発する上での基本理念として「ナンバーワンとオンリーワン」があります。『これはナンバーワンなのか、オンリーワンなのか、あるいは、日本初なのか、世界初なのか』など、そういう視点から開発テーマを探究することを慣習化しています。このほか、材料メーカーや大学との共同開発も進めています。材料メーカーは、様々なところに材料を出しているため、情報やノウハウ、最新トレンドを熟知しています。大学との共同研究では、ケミカル発泡ではない、物理的に発泡させる方法を共同で研究しているところです。
──将来の技術開発に向けては。
川治 環境への対応が鍵になります。もちろんリユースやリサイクルも大切ですが、化学薬品を扱っているため、なるべく安全な製品を生産するという姿勢も重要です。環境対策に関わる研究に注力し、SDGsにスポットを当てた開発テーマを創出しようと取り組んでいます。当社の場合、グローバルな取り組みも必要で、中国の環境規制への対応を進めているほか、タイでも合弁事業のパートナーと共同で環境対応を実施しています。
海外拠点との連携としては、年に一度、グローバル会議を実施し、各拠点の技術者を日本に集め、開発状況や今後の開発方針、環境などの様々なトピックスについて情報交換しています。去年はタイ、・インドネシア・ベトナム・中国・韓国の各拠点から技術者を集め、開発のすり合わせやトピックスの共有、機能別のディスカッションなどを行い、一定の成果を得ています。
*この記事はゴム・プラスチックの技術専門季刊誌「ポリマーTECH」に掲載されました。
川治信介
G技術本部・材料技術部部長
水島清晴
ゴムエラストマー事業部・生産技術部長執行役員
会社名 ㈱イノアックコーポレーション
代表者名 代表取締役(CEO) 井上聰一
代表取締役社長 翁豊彦
所在地 東京本社 〒131-0032
東京都品川区大崎二丁目9番3号 大崎ウエストシティビル4F
社員数 1,917名
(2018年12月31日現在)