技術・開発者インタビュー バンドー化学㈱
伝動ベルト設計グループリーダー 吉見武将
経営企画部新規事業企画担当参事 宮田博文
「なぜ?」という意識を持ち、データを予測することでお客様の問題解決につなげる
ゴム・エラストマーの加工技術をもとに、伝動ベルト、コンベヤベルトなど産業用ベルトをつくり続け、グローバル企業に躍進したバンドー化学(神戸市中央区、吉井満隆社長)。同社が2008年に発売したHFD system(Hyper Flat Drive System、以下、HFDシステム)は、平ベルトの高い伝動効率と耐久性を最大限に発揮させる究極の伝動ベルトシステムだ。HFDシステムの開発の生みの親であり、時に「バンドーのエジソン」とも評される経営企画部新規事業企画担当参事の宮田博文氏、宮田氏とともにHFDシステム開発の一翼を担う伝動ベルト設計グループリーダーの吉見武将氏に話を聞いた。
ベルト業界では特許の数が多い
──お2人のご経歴を教えてください
宮田 バンドー化学に入社したのは1985年です。それから今までほぼ一貫し、当社の伝動技術研究所で伝動ベルトと伝動ベルトをパーツにした金属系の変速システムの開発を担当してきました。現在は経営企画部で新たなネタ探しを行っています。
「バンドーのエジソン」といわれるのは、特許出願数の多さでしょうか。今までに120~130の特許を出願しています。ベルトそのものと金属系の変速システムの開発をしてきたので、ベルト業界の中では特許の数は多い方だと思います。
吉見 私は、2008年2月に中途採用で入社しました。その時の上司が宮田さんです。伝動技術研究所でまさにこのHFDシステムを上市するときでした。それからは主にHFDシステムの開発に従事しています。担当してきたのはHFDシステムの横展開ですね。具体的には、適用できる機械(機種)の拡大であったり、様々な使用条件に適用できるように、HFDシステムの改良に取り組んでいます。
また、HFDシステムの本格的な量産化に伴って、当社産業資材事業部技術部へ異動となり、現在は伝動ベルト設計グループリーダーとして、HFDシステムとともに歯付ベルト(シンクロベルト)の設計にも携わっています。
──HFDシステムの概要について。
吉見 一般産業用機械にはVベルトといって、V型のベルトが使われています。当社は1990年代に伝動効率の高いVベルト「省エネレッド」を業界に先駆け、開発・上市することに成功しました。特に、環境意識が高まった1990年代後半以降は、その優れた省エネ性から市場で大変好評をいただいています。
一方、HFDシステムは、Vベルトではなくて「平ベルト」と呼ばれるベルトを使用します。実際に触ってもらうとわかるのですが、平ベルトはVベルトよりも非常に柔らかくて、厚みも薄いベルトです。ベルトロスの8割はベルトの曲げや伸ばしで発生するのですが、厚みが薄い平ベルトはそのロスを大幅に減らすことができます。
ただ、問題もあります。平ベルトはVベルトのように溝がないので、ベルトが蛇行したり、ベルトの張力が低下するとスリップしたりしてしまいます。蛇行やスリップの問題を克服したのがHFDシステムです。
当社はベルトメーカーですが、自動車用のオートテンショナも製造しています。オートテンショナでもトップクラスのシェアを持っており、HFDシステムにはそのオートテンショナの技術が用いられています。平ベルトと蛇行制御デバイス、オートテンショナで構成されるのがHFDシステムです。
難しいからこそ挑戦したい
──HFDシステムの開発に至った経緯は。
宮田 私の提案で開発が始まりました。すでに2002年ごろからおぼろげですが、私の頭の中にはHFDシステムの構想がありました。
当時の上司にHFDシステムの構想を提案すると、平ベルトの蛇行や張力低下の懸念などがあり、上司から反対されました。「難しいからこそ挑戦してみたい」という気持ちが強く、なかば上司の反対を押し切る形で、開発をスタートさせました。
吉見もいっているように、平ベルトはベルトが薄くて曲げ易いです。ただ、ベルトの蛇行をとめるために、プーリのフランジが必要です。ただ、ベルトをフランジに当てるとベルトの寿命が読めず、どうしてもベルトが破損してしまう。その部分を直せばいいのではないかということで、最初はベルトの端の補強に試みました。でもなかなかうまくいきませんでした。このシステムが成立するためにはフランジにベルトを絶対に当てない、仕組みを開発する必要がありました。
もともとは複雑な設計でしたが、ある日頭の中で動かすうちに今作っているものを少し変えるだけで、同じ機能になるのではないかとひらめいたんです。すぐに試験機のところに向かい試験してみると、見事に平ベルトが蛇行制御し始めました。それを具体的に設計に入れ込んだのがHFDシステムです。
──開発・上市までの苦労を挙げると。
宮田 イメージがつきにくいかと思うのですが、自動車用で求められる耐久時間が大体3000時間なのに対し、一般産業用で求められるベルトの耐久時間は数万時間にもなります。それだけ、一般産業用機械に使われるベルトは、連続使用での耐久性能を保証しなければなりません。
当然、一般産業用途における市場での要求寿命を満足するのを確認していくと、加速評価だけでもベルト1本を評価するのに1年くらいかかってしまいます。また、ベルトの開発も必要ですし、オートテンショナなど金属部分の耐久性も確認しなければならず、開発にあたっては想定していた以上の信頼性評価の時間が必要だということがわかりました。
吉見 今までにはない製品を開発するので、評価方法も一から始めました。ただ、それだとやはりどうしても時間がかかってしまうので、熱条件などは基礎的な評価方法を入れ込み、評価の信頼性を確認しました。オートテンショナもやや内容は違いますが、従来の基礎的な評価方法がありました。こうした基礎的な評価方法は、使える部分は使いながら、新しい評価方法と組み合わせうまくマッチングさせることで、開発期間の短縮化を図り、構想から5年余りで上市することができました。
省エネ効果かつ長寿命に貢献
──HFDの特長と用途について教えてください。
吉見 第一に省エネ効果です。従来のVベルト製品に比べて平均7%の省エネ性を実現しています。日本国内のVベルトをすべてHFDシステムに置き換わると、火力発電所1台分くらい償却できるので、地球環境に大いに貢献できる製品だと思います。
長寿命な点も特徴です。Vベルトの寿命は8000時間といわれていますが、HFDシステムのベルトは2万4000時間なので、Vベルトに比べて3倍以上長持ちします。
用途は、工場の送風機やコンプレッサー、クーリングタワーなどにも使われています。例えば、スーパーマーケットの排気やエアハンドリングユニット、空気の入れ替えや圧縮するコンプレッサー、あと消防車の泡消火するコンプレッサーにも使用されています。
HFDシステムは、あらかじめベルトの長さも決まっており、お客様が求める伝動ができるように設計を行うのが仕事です。つまり最適設計ですね。それを各種機械に対し行っています。
宮田 さきほど吉見がいったようにHFDシステムの用途は、ベルトを長時間使用するお客様が多いです。24時間運転だとベルトの寿命もすぐきます。寿命を伸ばしたいという、お客様からご採用をいただいています。
──HFDシステムの需要について。
吉見 2008年に上市した当初は、省エネ効果を中心にPRを図っていたのですが、最近は現場作業員の人手不足が叫ばれており、メンテナンスフリーという観点から採用に至るケースが増えていますね。安全面からも高い評価をいただいています。
Vベルトの多くは、ベルトを交換するときに複数の作業員が弾性の伸びを使い無理入れ・無理抜きをするケースがあります。反動を使ってベルトを機械に入れるので作業員が手を骨折するケースがあると聞いています。
一方、HFDシステムはスパナ1本で簡単に交換できるので、現場からは大変喜ばれています。
──音の問題でもニーズが高まっていると聞きましたが。
吉見 私が担当したお客様で経験したのが、初めは工場の周りに家もなかったのに、年数が立つと家が建ち始め、近隣住民から工場の音がうるさいと苦情が来たんですね。ベルトが滑ると「ギュギュッ」と大きな音がするんです。その工場では夕方3時以降設備をとめなさいという住民運動が起きました。そこでHFDシステムをご提案し、ご採用していただくと、騒音もなくなり、24時間装置を動かしても何にも苦情が起きなくなりました。
HFDシステムは音の問題の解消にも一役買うことができます。
宮田 あとはホテルですね。機械室の隣にある客室は騒音問題が起きることが多いのですが、機械室にHFDシステムを入れると、音が気にならなくなります。客室の騒音対策としてご採用をいただくケースも増えています。
吉見 海外でもHFDシステムへの関心は徐々に高まっています。すでに台湾、韓国、中国には導入されています。お客様も、現地の日系企業はもちろん、現地企業での採用も増えています。
優れた省エネ性が注目される
──今後のHFDシステムに期待していることは。
吉見 2013年度に「省エネ大賞」(製品・ビジネスモデル部門)の「資源エネルギー長官賞」を受賞し、2018年度には2度目の「省エネ大賞 省エネルギーセンター会長賞」を受賞しました。HFDシステムの優れた省エネ性が着目されたことで、認知度が高まっているのをひしひしと感じています。
また、昨年3月にはウェビナーを活用し、HFDシステムの展示会を開催しました。ウェビナーの反響は良くて、環境の高いユーザーには好評をいただくとともに、これまでリーチできていなかったユーザーにも紹介できましたし。今後もHFDシステムの良さを多くの人に知っていただけるような取り組みを継続していきたいと思っています。
宮田 初期投資の面でHFDシステムの採用に二の足を踏む方が多いのですが、サーキュラーエコノミー(循環型経済)を考慮に入れると、少しずつ皆様の意識も変わるのでしょうし、環境により良いものを選んでいただける時代になると思います。
自分のことよりもお孫さんのこと、考える時代が来ると。HFDシステムが脚光を集める日がくることを期待しています。
将来はHFDを回収して再利用するという構想もあります。ベルトを捨てずに再利用する。プーリも再生する。Vベルトの場合、プーリは摩耗して交換しないとだめですが、平ベルトはほぼ摩耗しません。プーリも再生できれば、何も交換しなくて済むようになります。
「なぜ」を意識することの大切さ
──技術者として心掛けていることは。
宮田 若いときの話なんですが、「どうして自転車のチェーンは金属から歯付ベルトに変わらないんですか?」と上司に聞いたことがあります。その時上司からは「変わらないだろう」といわれ、考えるのを諦めたんです。でもその何年後かに、ブリヂストンさんが歯付ベルトの自転車を発売したんですね。
その時反省したのは「なぜ?」と追求しなかったのか。上司になぜできないんですか?と聞いておけば、答えにめぐり合えていたかもしれない。それから「なぜ?」という部分を強く意識しながら仕事をしています。部下にもなぜを聞きなさいと口酸っぱくいっています。
先輩に言われても、直ぐには納得せずに、その理由を理解した上で、完結しなさいと。「なぜ?」を肝に銘じて開発にあたっています。
吉見 私も宮田の下で働いていましたので、宮田には「なぜ?」と意識しなさいといわれてきました(笑)。「なぜ?」ということはやはり部下に伝えていかないといけないと思います。
後、宮田にいわれたのが、データが何を伝えたいのか、良くデータを見なさいともいわれます。良く勘違いされるのが、データを取って終わりと思われる人が多いのですが、そうではないんです。取ったデータが何を伝えたいのか。そこを常に考えて、こんなデータがでてきたのだから、この部分に問題があるのではないか。そのためにも、普段から機械のことを知る必要があります。
宮田 吉見の言葉を補足しますと、「なぜ?」を意識しなさいというのは、予測が大切だからです。データが出る前にこんなデータが出るはずだろうと予測している人は、データを取った時に異常が起きているとわかるんです。
逆にデータを予測していない人は、異常に気づかない。データを予測できる人はこうなるはずだとある程度分かります。異常が分かる人は、評価計測の時間を縮めることができますし、ひいては開発期間の短縮にもつなげることができます。
──製品を開発していく上での喜びを教えてください。
宮田 これまで一番うれしかったのは、当社が開発した製品が量産化された、ある機械メーカーのお客様の話です。本来であればこちらが感謝しないとダメですが、量産後もプライベートでお酒を酌み交わしたり、昇進できたのは宮田さんのおかげだねとか、心の底から感謝の言葉をいただくと技術者冥利につきますね。
吉見 「バンドーの吉見なら課題を解決してくれるだろう」というお客様からの言葉を聞くとうれしいですね。ベルトとは関係のない機械的なことを相談されたりすることもありますが、1人の技術者として信頼されているという喜びを感じます。
──技術者の育成で気を付けていることは。
宮田 先ほども申しましたが、「なぜ?」と疑問を持つことと、すべてを予測しなさいということです。予測をし、結果を見て判断をすることに気を付けながら育成にあたっています。
吉見 若手技術者は、すぐに答えを求めたがることが多いのですが、そこは考えに考え抜いた上で、その答えをもって質問しに来てくださいと話しています。宮田にもよく言われましたが、技術者は考えて考え抜いた結果が特許になったりします。考えることは確かにしんどい作業です。でもいまのうちから考え抜く癖をつけさせる。若手技術者には「なぜ?」そういう聞き方をするように意識させています。
*この記事はゴム・プラスチックの技術専門季刊誌「ポリマーTECH」に掲載されました。
吉見武将
伝動ベルト設計グループリーダー
宮田博文
経営企画部新規事業企画担当参事
会社名 バンドー化学㈱
代表者名 代表取締役社長 吉井満隆
所在地 〒650-0047
神戸市中央区港島南町4丁目6番6号
資本金 10,951百万円(2020年3月31日現在)
社員数 4,116名(連結)、1,277名(単体)
(2020年3月31日現在)