技術者インタビュー 国立研究開発法人 物質・材料研究機構
荏原充宏さん
スマートポリマーを医療分野に展開
医師と連携しながら研究開発促進へ
物質・材料に関する研究に特化した国立研究開発法人物質・材料研究機構(以下、NIMS)。医療の革新と生活の質の向上に貢献するバイオマテリアル(医療材料)の一つであるスマートポリマーは、次世代の医療材料として大きく期待できる材料だ。スマートポリマーグループのグループリーダーの荏原充宏先生にスマートポリマーの特徴などを尋ねました。
◆スマートポリマーとは。
スマートポリマーを日本語にすると、「賢い高分子」という意味になります。それは、外部からの刺激に応答して、自らの性質を変化させるように設計された材料だからです。具体的には、熱に応答するポリマー、pHに応答するポリマー、形状記憶ポリマーなどがあり、作り方によっては100~200種類のスマートポリマーが作れます。私のグループではスマートポリマーを使い、医療分野への応用を探索しています。
◆スマートポリマーの研究するに至るきっかけを教えてください。
私は大学で高分子を専門に研究をしており、学生の頃から刺激に応答するポリマーをテーマに研究していました。とくにバイオマテリアルの研究を行っていましたが、もっと精密な材料設計をしたいと考え、世界トップレベルの材料科学研究所であるNIMSに入りました。刺激に応答するポリマー自体は国内外にもともとありますが、スマートポリマーというひとつの学問との樹立と発信をNIMSが世界に先駆けて行えたらと考えております。
◆最近の取り組みについて。
私がNIMSに入った2009年から、本格的にスマートポリマーを医療分野に展開していきました。
研究対象のひとつに、「感染症の早期診断感度を向上させるスマートポリマーの開発」があります。私はもともと、グローバルヘルスに興味があり、アフリカなどの低開発国でも使える医療材料を開発したいと考えていました。ちょうどその時に、エジプトで一緒に開発をするパートナーを見つけることができ、現在はCOVID-19検査薬のヒトでの臨床試験を行っております。
また、スマートポリマーを癌治療にも応用しようとしております。スマートポリマーを不織布状に加工した「スマートナノファイバーメッシュ」は、癌の患部に直接貼り付け可能で、「温熱療法」と「化学療法」を同時に行うことができます。
◆スマートポリマーの大きなメリットと課題は。
刺激に応答して材料自身がオン・オフと変化するため、外部からコントロールできるのが、スマートポリマーの大きなメリットと言えます。また、スマートポリマーは医療だけではなく、様々なところで応用できるポリマー材料だと思います。
課題を挙げるとすれば、スマートポリマーの機能を高めると、その分コストがかかってしまう点です。また、化学メーカーはポリマーを作れますが、医療の応用まではなかなか進まなく、製薬メーカーは薬は作れますが、ポリマーは作れない。そのような状況で医療の実用化まで、ハードルが高いことが実情です。
ただ、スマートポリマーは、私たちの想像を凌駕するような材料であり、まだまだ開発要素はたくさんあります。これが日々の研究のテーマになっています。
◆広報活動の取り組みについて。
NIMS自体は広報活動に積極的で取り組んでいます。スマートポリマーグループとしても、材料を展示する機会があれば、広報室にアドバイスをもらいながら、アウトリーチ活動に取り組んでいます。また、「ナノ戦隊・スマポレンジャー」として、子どもたちにわかりやすくスマートポリマーを理解してもらえるように、サイエンスショーを開いています。コロナ前は立ち見がでるほど、人気のショーになっています。スマートポリマーなどの材料化学は、展示会やサイエンスショーなどを開催することで、実際に見て触ってもらう体験ができます。その結果、スマートポリマーの理解がより深まると思います。
そのほか、ナノ戦隊・スマポレンジャーはサイエンス漫画の絵本として展開もしています。
最近では、コロナ禍でフィジカルに学校に行くことができないため、オンラインやSNSでのPR活動が増えました。ただ、スマートポリマーは五感に触れてもらったほうが、理解がしやすいです。
◆SDGsへの実現について。
SDGsの目標3のゴールに「すべての人に健康と福祉を」があります。つまり、スマートポリマーを使用して、発展途上国に向けたグローバルヘルスへの実現を目指しています。そのためにも、医師と連携しながら研究開発を進めていきたいです。
◆スマートポリマーの今後は。
海洋プラスチック問題などの映像を見て感じていることがあります。それは、地球の末端まで使えるものを届ける材料はプラスチック、つまりポリマーです。DNAもタンパク質もポリマーであり、私たちにとって極めて不可欠な材料だと言えます。だからこそ、手の届かないところに医療を届けるスマートポリマーは、まだまだ可能性は秘めていると思っています。
*この記事はゴム・プラスチックの技術専門季刊誌「ポリマーTECH」に掲載されました。